2008年10月12日

人間より「人間的」なロボットは生まれるか―ブロガーロボの登場

■ついにブログを書くロボット登場!?

★バンダイ、“ブロガー”ロボットを開発

バンダイは、パシフィコ横浜で開催中のパートナーロボット総合展示会「ROBO_JAPAN 2008」でネット対応のパーソナルロボット「NetTansorWeb」(ネットタンサーウェブ)を展示している。2006年に発売した「NetTansor」の進化版。写真を撮り、ブログにアップする“ブロガーロボ”に成長した。

記事を読んでまずぞっとした。バンダイの開発したネット対応のパーソナルロボット「NetTansorWeb」(ネットタンサーウェブ)は、何と自分に搭載されたカメラを使ってブログを書くことができるというのだ。

内容を見てみると、残業している社員を写真に撮ってアップする「残業ブログ」や、毎日の夕食を紹介する「今夜の晩御飯」など結構本格的だ。

写真を見ると、ブログの形式としては「モブログ」に近い。次々と撮影した写真に短いコメントを添えるという形式だ。コメント内容が微妙とはいえ、そこらのジャンクブログ(造語)やスパムブログよりまともなんじゃないかと思える。

一般的にはブログを書くということは知的活動とされている。自分が経験したことや考えたことを文章にしてアップするという作業は人間にしかできない活動に思える。しかし、モブログ形式のブログであればもはやロボットにも書けてしまえるのだ。

■人間とロボットの違いとは?

こういう新しい機能を持ったロボットが登場するたびに、「人間的と何か」と考えてしまう。人間とロボットを区別する要素はいろいろあるだろうが、ひとつは「感情の有無」が挙げられるだろう。

しかし、私は予てからロボットにも限りなく感情に近い要素を持たせることが可能だと考えてきた。例えば、自身と人間の距離を測定して反応ができるロボットがあるとする。そして、そのロボットの近くにいる人間が一定の距離以上離れると自動的に「行かないで!寂しい」としゃべるようにプログラミングするのである。

するとどうであろうか。ロボットから「行かないで」と言われた人間は、きっとそのロボットに「寂しさ」という感情が芽生えていると錯覚するのではないであろうか。

あるいは人間とロボットの区別として「善悪の判断」を挙げるとするとどうだろうか。この場合も、ロボットに倫理感に近いプログラミングをすることは可能に思える。

例えば、刑法の全データをインプットさせ、「暴行」や「脅迫」など視覚的に認知可能な行為(体温や脳波の認識などでもよい)のあらゆるパターンをプログラミングする。そうすると、ロボットの目の前で母親が子供を叩こうとした際に、「子供を叩いてはいけません」と言うロボットが生まれても不思議ではない。

■人間的とは何か

以上は、単にSFが好きなだけのバリバリの文系が考えた絵空事に過ぎない。しかしまったく実現不可能なことではないように思える。現にブログを書くモブログを書くロボットなんて誰が想像しただろうか。(文章を自動作成するプログラムは存在したが、あれはどちらかと言えばコラージュの域を脱していないだろう)

これからも我々は、ロボットが進化する度に「人間的とは何か」という深刻な問いに悩まざるを得ないだろう。刺激に対する反応という短絡的な行動が暴発し、身勝手で非倫理的な犯罪をする人間より、よっぽど人間的なロボットが生まれる日もそう遠くないのかもしれない。


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posted by Tommy at 12:12| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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