■精密コードと制限コード
前回の記事の補足。カフェで向かい合わせになって、互いに会話を交わすことなくただひたすらPSPをプレイし続けるカップルは、ゲーム世界で通信プレイをしていた可能性があるので、そこには「内容」のともなったコミュニケーションが存在する。
しかし、街を見渡してみると、それこそ向かい合って互いに一言も口を利かずケータイをプレイしているだけ、マンガを読んでいるだけというカップルも結構見かける。
このようなカップルはお互い話すことがないから黙っているのだろうか。それとも、「一緒にいてラク」な恋人は、単に孤独感を紛らわすためのツールに過ぎず、前に座らせておいて後は自分の好きなことをやろうというスタンスなのだろうか。
無論、全ての若いカップルがこうかというとそんなことはなく、他愛もない話に花を開かせている者たちも多い。
これはあくまで私の仮説だが、会話するカップルと会話しないカップルは、イギリスの社会学者兼、言語学者バーンステインの言う「限定コードと精密コード」に関係しているのではないか。
★限定コードと精密コード(Wikipedia)
「簡単に言えば、精密コードは、物事を客観的、抽象的、人格的に述べるコードであり、限定コードは、物事を主観的、地位的に述べるコードである。」
更に社会学小辞典(有斐閣)によると、限定コードとは、「相対的に単純な語彙や統語構造の発話」を規制するコードとも記述されている。
この議論は単純に「労働者階級の子供は言語能力が優れていない」という身も蓋もない意見になってしまうので、安易に持ちだすのは良くないのかもしれない。
しかし、この概念をあえてカップルに当てはめてみると、精密コードのカップルは活発に会話を交わし、限定コードのカップルは特に会話もなく黙々と「主観的な」メディア世界に没頭することができると考えられるのではないか。
限定コードのカップルが、やがて結婚し子供ができても親がこの調子だと子供も限定コードに育つ可能性が高い。かくして、文化格差は再生産されていくのだ…。
2008年11月26日
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