2008年12月07日

派遣切り報道に見るマスコミの信念なき報道

★「派遣切るな」2千人 怒りと不安、東京・日比谷

世界不況のあおりを受けて、非正社員らを減らす勢いが加速している。相次ぐ「派遣切り」に、不安を抱える労働者からは、対策を求める大合唱が起きている。
 4日夜、東京・日比谷野外音楽堂は、2千人の非正社員や労働組合の関係者らで埋まった。怒りと不安が満ちていた。(2008年12月4日asahi.com)



12月4日、日比谷公園で、不当に契約を打ち切られた派遣社員が大規模な集会を行った。世界不況の影響を受けて、経営状態が悪化した企業が非正規社員を一方的に解雇しているのだ。(まあ、今では日本IBMのように正社員でさえ少しも安心ではないのだが。)

この集会の模様が翌日の夕方のニュースで「このままじゃホームレスになってしまう。派遣社員怒りのデモ」みたいなセンセーショナルな見出しで報道されていた。夜の日ニュースでも同じように派手な報道がされていて、やけにテンションの高いニュースキャスターが「非正社員も正社員と同じように保障されるべき、私はこう思うんですけどね」みたいな聞いてて発疹が出てきそうな正論をぶちかましていた。(まあそれがニュースキャスターの仕事なんだから仕方ないのだろうが。)

不当解雇は確かに悪い。不況になって経営が苦しくなったからって非正規社員を一方的に解雇していくというのは企業側のエゴだし、労働者の権利を無視している。

しかし、である。契約を打ち切られるからと言っていきなり「ホームレスになってしまう」状況って、それはそれでいかがなものなんだろうか。そういう人は万一の時に備えて貯金をしたり雇用保険を払ったりしていなかったのだろうか。

労働問題ではこのような「自己責任論」が常に争点となる。企業もしくは社会が悪いのか、それとも労働者側が悪いのか。前者が、社会が非正規雇用を増やしたから低賃金労働が増えたと考えるのに対し、後者は、労働者は自ら望んで非正規雇用に就いている、自業自得だ、と考える。

この点に関しては、私は、正直言ってケースによって異なると思う。企業側が悪いケースもあるだろうし、労働者側に問題があるケースもあるだろう。

私は一般企業の退職経験があるので、職安のお世話になったことがあるのだが、あの場所の醸し出す負のオーラには凄まじいものがあった。そこには職員とまともにコミュニケーションしようとしていない肥満の男性や、やたらイライラしてそばにあるホワイトボードなどを蹴っ飛ばしている中年男性などがいた。正直、あれでは就職できないよと思ってしまった。自分で就職しやすくなるような努力を何もしていないのだ。

今回の派遣打ち切りのケースも、経済不況の影響だし、それ自体は企業側に責任がある問題だ。しかし、それでいきなりホームレスになってしまうというのはもうそれは本人の問題なのではないか。私のよく知る人の中にも、借金を抱え、当然貯金も一銭もなく、生活に困窮している人がいる。彼らは自らの不幸を社会のせいにしているが、私の見る限り身から出た錆だった。それなりに収入のある時期もあったのに、貯金をしてこなかった自分が悪いとしか言いようがない状況だった。

マスコミは、そういう労働者側の状況など少しも鑑みることなく、ただ「このままではホームレスになってしまう!」と感情的なニュースを報道する。問題なのは、そのような報道の背後には労働者への共感など毛ほどもなく(それはそうだ。みな平均年収トップクラスのテレビ局社員なのだから。)単にセンセーショナリズムにのみ基づいているという点だ。マスコミは労働者の権利を守るという信念で動いているのではなく、この場合そう報道した方が視聴率が取れるからという理由で動いているだけなのだ。

このようなマスコミの信念なき報道は、労働者の怒りの感情を無暗に刺激し、労働問題を泥沼化させる以外何の効果もありはしない。今回の報道で、私が職安で見たような職に悩みを抱えた人たちは、より企業や社会への憎悪を募らすことだろう。企業側の責任と労働者側の責任、双方を公平に分析した冷静な議論、これこそが今この国の労働問題には求められているのだと思う。


posted by Tommy at 23:22| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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