2009年01月22日

珍しい形式のオバマ就任演説ネタ―朝日新聞「素粒子」

昨日の朝日新聞のコラム「素粒子」が面白かった。多くの「オバマ大統領就任演説ネタ」の中でも、演説の内容には全く触れていない珍しい文章だと思う。短いので全文引用させていただく。

「未明の米大統領就任演説テレビ中継に見入る。おや、と思ったのは、歴史的な言葉を期待されて動く口の上の、二つの瞳。

その表情は、穏やかで落ち着いていて、冷静。歓喜の渦の主役でありながら、不似合いなほどの静謐さを漂わせていた。

期待の大きさと直面する危機。その瞳に、早くも新大統領の孤独を見た気がしたが。目は口ほどに物を言・・・わない、か。」

(2009年1月21日 朝日新聞 夕刊「素粒子」)


演説の内容には全く触れず、映像に映し出される大統領の表情を見据えて、鋭くその胸中を洞察している。文学性のある文章でありながら、批評性も持たせるという、職人芸のような文章。最後の件で、自らの主観的な想像を嗜めている所がまた、この文章の味わい深さを増している。

「素粒子」は昨年、当時の鳩山法相を「死に神」と表現したことが話題になったりと、割と執筆者の主観が全面的に押し出されているコラムだと思う。あまりピンとこないものも中にはあるが、大抵の作品は、大衆の気持ちを短い文章で鋭く代弁してくれていると思う。

こういう「主観的な解釈」は、読者の感性の視界を開き、新鮮な物の見方を提供する。これこそ、人文社会科学の誇るべき遺産のひとつなのだと思う。しかし、世の中にはこういう「主観的な解釈」を「統計やデータに基づいていない印象論」と批判する人もいる。しかし、「主観的な解釈」にしか捉えられない物は必ず存在するし、それがデータや統計に基づいた知見に比べて、優劣をつけられるものではないことは確かだと思う。
posted by Tommy at 13:40| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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