2009年02月11日

近所のカフェで見た効率の悪い勉強法

今日も空いた時間に近所のカフェで本を読んでいると、受験生と思しき何組かの客がコーヒーをすすりながら勉強に勤しんでいた。そういえば今月は2月、大学受験の真っ最中の時期だ。私も大学受験は1年浪人して猛勉強した経験あるので、様々な思いが蘇ってくる。気分転換として行った予備校の夏期講習以外は宅浪だったので、勉強計画も全て自分で立ててノートに書いて管理した。友人には悪いが携帯の電源は切って文字通り缶詰になって1日10時間以上勉強し続けた。あまりにも根を詰めすぎたので、受験直前期になると、若干精神が病み始めていたのだが、何とか志望大学には合格することができた。

そんな自分の受験時代を思い出しながらカフェで勉強をしている受験生たちを見ていると、ちょっと効率的とはいえないような勉強法をしている人たちが何人かいた。一番いけないのは友達と一緒に勉強しているパターン。私は勉強とは基本一人で行う孤独な作業だと思っているので、二人以上で勉強する人の気が知れない。私が今日見た二人組の少年は日本史の勉強をしているようだったが、雑談ばかりで一向に勉強が捗っているようには見えなかった。家庭教師とかならば、勉強の内容について質問できるのだからいくらかメリットもあるのだろうが、自分と同じレベルの友人と一緒に勉強することで得られるメリットなんてあるのだろうか?家に友達を呼んでも一緒に何かして遊ぶのではなく、ただ同じ部屋で黙々と携帯ゲームをやったりする今時の子供の様に、単に近くに友達が「いるだけ」でよいのだろうか?

もう一つ非効率的だと感じたのが、iPodを聞きながら勉強しているパターン。クラシックとか歌詞のない音楽であれば勉強には支障はないというが、今日私の隣で勉強していた受験生は、イヤホンから音が洩れまくっていて、誰が聞いてもEXILEだった。そんな曲聞きながら勉強したって、効率なんて上がるわけがない。しかも、その受験生は、市販の単語集の単語と意味を丁寧にノートに書き写していた。いったい何のために?単語を覚えるのであれば、単語集の中で覚えればいいのに、なぜまたノートに順番通り綺麗にコピーしていく必要があるのだろう。今の単語集には答えを隠せる赤シートが付いているものがほとんどなのだから、紙に書き写している暇があったら、何度もシートを使って意味やスペルを想起する練習をした方が遥かに効果的なのに。

両者に共通するのは、「効果性」を無視した勉強をしている点だ。友人と一緒に雑談しながらだろうが、とりあえず参考書は開いている。iPodを聞きながらだろうが、とりあえず単語を紙に書き写している。いわば勉強しているという「モーション」だけで安心してしまっているのだ。「モーション」だけではいつまで経っても勉強の成果はでない。勉強というものは、自分の知性を少しでも高めようとするプロセスなのだから、勉強後に自分がどういう状態になっていたいのか、つまり勉強によって得られる「効果」を明確に意識して実行していく必要があるのだ。


posted by Tommy at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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