2009年06月23日

ねじは巻かれた。

村上春樹の最新作『1Q84』が予想通りとてつもない売れ行きを示している。イスラエル賞受賞時のスピーチが、当時の中川財務相の泥酔会見という最高の「ひきたて」もあり、世界に誇れるカッコいい日本人として注目された記憶もさめやらぬ中の、満を持しての新作。売れないわけがない。

1Q84 BOOK 1
村上春樹
4103534222
1Q84 BOOK 2
村上春樹


そんな村上春樹の1つ前の長編といえば『ねじ巻き鳥クロニクル』だが、私はその中で出てくる「ねじ巻き鳥」を勝手に「運命の歯車」と理解している。物語の要所要所で現れる「ねじ巻き鳥の“ぎいいい”という泣き声。この声と共に、主人公の運命の歯車は回り始める。そういう読み方をしたのだ。


ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹
4101001413




そのような前置きは踏まえた上で、
人生における「ねじ巻き」について書きたい。



人生において、ねじは必ず巻かれるものなのだ。


どんなに辛くても

どんなに未来が真っ暗になっても

どんなに死にたくなっても


生き続けること。


耐える続けること。

待ち続けること。

抗い続けること。


生き続けてさえいれば、

いつか必ずねじは巻かれる


運命の歯車は回りだす

そうすれば人は動き出すことができる
posted by Tommy at 03:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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