2009年06月24日

【book】『君は永遠にそいつらより若い』

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)
津村 記久子
4480426124


第140回芥川賞を受賞した津村記久子のデビュー作。公務員試験に受かり就職も決まった大学生ホリガイ(22歳処女)の友人たちとのだらだらした日常と、そこに潜む「悪意」を描く。

一読した印象は、「女性版保坂和志」。だらだらした日常をだらだら書いていき、その中のふとした瞬間に人間の深淵を見出すというスタイルは保坂の独壇場だが、本書もいい線行っているのではないか。しかし、保坂の深淵と津村の深淵には明確な方向性の違いがある。保坂和志の深淵が「世界とは」「人間とは」というような哲学的なものであるのに対し、津村の深淵はもっと現実的なものである。例えば、男友達の河北とだらだら飲んでいる時に、河北が自傷癖のある彼女との愛を自己陶酔的に語った。それに不快感を感じたホリガイは『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の「サリー」という「腕とか足もつぎはぎでつながって」るキャラクターの話を出してひやかす。腹を立てた河北はホリガイにグラスの酒をかける。

「『自分になにも問題がないからって、語れる奴を嫉むな』
 両サイドの客の動きが止まった。店員が見ていたらかわいそうだな、と咄嗟に思ったけれども、さいわい誰も気付かなかったようだ。あるいは観ていて見なかったふりをしただけか。
 語るための痛みじゃないか、それも他人の。
 そう言い返してやりたかった」(P.68)


処女のホリガイには愛という「問題」がない。そのことに少なからずコンプレックスを抱いているであろうホリガイにとって、河北の陶酔的な恋愛話は不愉快極まりないものだったのだろう。あるいは、恋人の自傷を「話のネタ」にする不謹慎さにも腹を立てたのかもしれない。河北の配慮が足りなかったのはもちろん、ホリガイにも配慮が不足していた。両者ともに「悪意」を持っていた。

保坂がある種の形而上的な深淵を描くのに対して、津村は「悪意」「暴力」「哀しみ」などもっと現実的な人間の深淵を描く。私は思想が好きなので、どちらかといえば形而上的な深淵の方が面白みを感じるので、津村には少し物足りなさを感じるのだが、それでもこのような惰性的な日常の中の一瞬の裂け目を描く力は素晴らしいと思う。

少しネタばれになるが、読み進めていくとホリガイが実は極めて「倫理的」な人間であることが明らかになる。ホリガイは「ある事件」をきっかけに、児童福祉司になることを決める。そのある事件とは、実はホリガイ自身に起きたことではなくテレビで見た子供の誘拐事件なのだ。注意深く読んで見ると、自分の人生には「何もない」ホリガイが、実はメディアの情報から決定的な影響を受けて人生を選択しようとしているという、メディア論的な読みもできなくはない。

ホリガイにとってメディアの世界が重要な位置を占めていることは物語の随所に現れている。その中でも冒頭の「グラビアの切り抜きの世界」は注目に値する。ホリガイは女性アイドルの切り抜きを枕もとの襖に貼りつけるレズビアン的(こういう言葉を使うと途端に陳腐になるが)な趣味を持っている。

 「計算され尽くした微笑を浮かべながら、無防備にからだをさらしている彼女たちをみていると、なんだかぼんやりと、心を撫でられたような気分になるのだった。これをとりまく世界はとてもちゃんとしている、整然としている、と強く思っていた。女の子たちとそれを売る人たちとそれをみる人たちの簡潔な相関図があり、それは、かれらの間でどんな感情の駆け引きがあるにしろ、とてもゆるぎないもののようにわたしには思えていた。現実はそんなものではなくもっと流動的で、頭の硬いわたしにはとても疲れるものだということを、わたし自身がどこかで拒みたい気持ちが、そういった行動の根拠にはあったのかもしれない」(P.13〜14)

ホリガイはグラビアというメディアの世界に、現実にはない「ゆるぎないもの」を見出している。しかし、そのホリガイが流動的で、何が起こるか分からない、悪意に満ちた現実を見るのもまたテレビというメディアであった。人間の世界観の形成や人生選択といった領域にまでメディアの媒介が介入してきているということ。このことは、映画や音楽やテレビゲームが大好きなホリガイと同じように、「メディア人間」である我々にとっては当然のことなのかもしれない。

posted by Tommy at 23:22| Comment(0) | 本(文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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