2009年07月08日

破壊ではなく破綻―『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』

■「破壊」ではなく「破綻」してしまった失敗作

面白いことは面白いのだが、この激しい違和感はいったい何なのだろう?前作の「序」があまりにも素晴らしかっただけに、今作への期待もひときわだったのだが、肩透かしを食わされた印象だった。CGを駆使した使徒戦や第三新東京都市の描写は、確かに美麗で迫力がある。しかし、肝心のキャラクターやストーリーの方に目を向けると、疑問符だらけ、違和感だかけの作品だった。

まず、新キャラクターの「マリ」。公開前から本作のプロモーションの一翼を担わされていたマリは、オープニングで印象的な登場をしてそれなりに活躍するのだが、その後は物語の合間にちょこちょこ登場するくらいで観終わった後、「彼女の役目はいったい何だったのか?」という疑問が残る。終盤に唐突に弐号機に搭乗したりするが、それも「無理やりそうした感」が強い。要するに、「後付けで新キャラクターを拵えて取ってつけただけ」というような、浮いたような印象がどうしても残るのである。

次に「アスカ」。公開直後に映画館でスクリーンが切り裂かれるという、ちょっとした事件が起きたくらい、確かに本作のアスカは変わり果ててしまっているように思える。登場シーンからしてテレビ版から変更されているのだが、その時からやたらと「あんたバカ?」を連発する。これにも激しく違和感を感じてしまった。「あんたバカ?」と言わせておけば、「アスカ的」な雰囲気のあるキャラクターになるとでも思っているのだろうか。それに終盤では思わぬ展開で、物語から一旦退場する。この件にも違和感が残った。

総じて本作は、テレビ版のストーリーを破壊しようとして破綻してしまった失敗作と言えるのではないか。テレビ版とまったく違うオープニングで期待させておきながら、徐々に今度はテレビ版をなぞるような展開になっていき、変えたいのか変えたくないのか中途半端な展開になっている。新キャラのマリはストーリーの中で何ら重要な役目を担っておらず、他のキャラクターと有機的なつながりが全く見られない。アスカはアスカで、マリから終盤で弐号機に乗る役目を奪われてしまい、こちらも中途半端な役回りになってしまっている。

「序」が、テレビ版を踏襲しつつも映像をグレードアップさせて新解釈を加えた「リビルド」と呼ばれた傑作であったのに対し、本作はテレビ版から離陸しようとしたが失敗して墜落してしまった中途半端な失敗作である。本作を肯定的に評価している人は、アスカの新セリフや、グレードアップした使徒戦に「動物的」に過剰反応しているだけなのではないか。

追記(2010年2月6日)

ムルフさんのご指摘通り、「公開直後に映画館でスクリーンが切り裂かれる」という事件は虚構新聞のネタだったようです。教えていただき有難うございました。
posted by Tommy at 12:43| Comment(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

【映画】『大日本人』

9月に松本人志の第二回監督作品『しんぼる』が公開されるので、一作目のレビューをアップしておこう。もう公開されてかなり時間が経っているのでラストに触れても問題ないだろう。

大日本人 通常盤 [DVD]
松本人志, 神木隆之介, UA, 板尾創路, 松本人志
B000W05NUU



世間から冷ややかな扱いを受けている哀しい変身ヒーローの大佐藤へのインタビューと「獣」(じゅう)と呼ばれる怪物との戦闘シーンを中心に進行していく。インタビューシーンでは、インタビュアーのぶっきらぼうな質問に松本がほとんど「素」のキャラで、あの独特のお笑いセンスに満ちた回答をしていく。最初は少し退屈に感じたが、慣れてくると結構面白く観ることができた。

面白いとおもったシーンを何点か。

・怪物と戦うヒーローのはずなのに、給料が支給と副収入合わせて50万円くらいで80万円は欲しい。

・副収入はもっぱら変身時の体へプリントする広告収入。ちなみに大佐藤は腰に広告を貼るのが嫌いらしい。

・大佐藤の人気は下がる一方でテレビ放送枠も深夜になり、新聞では省略されて「大日」と書かれている。

・父はもっと大きくなりたいと思って無理をして命を落とした。大佐藤いわく「粋な人だった」という。

・ラストのスーパージャスティス家での晩餐シーン。なぜか関西弁でダメだしをしている。

まさに松本ならではの、後からこみ上げて来るようなお笑いが満載だ。これが果たして映画といえるのか、これまで多くの映画評をしてきた人間が創る作品なのか、という疑問が残ったが、他に似たような作品がまったく思いつかないことから、これはまさしく唯一無二の個性的な映画だったのだろう。

ラストのスーパージャスティスのシーンでは、なぜかCGではなく実写に変わるのだが、これはアメリカのメタファーであるスーパージャスティスの暴力性を表現するためだけではなく、その傍若無人っぷりの滑稽さも表現しようという意図があったのではないか。そのような政治的なメッセージを含めつつも最後はコメディーでまとめてしまうところがどこまでも松ちゃんらしい。観終わってからすぐはあまりの奇抜さに少し抵抗感を持っていたが、時間が経つにつれて実は質の高い作品だったのではないかと思えてくる不思議な作品。
posted by Tommy at 23:35| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【映画】『トランスフォーマー/リベンジ』

■VFX技術と中身のなさでは間違いなく歴代最強レベルの傑作


予告編にも出てくる夜のハイウェイを激走する巨大トランスフォーマーがまさかオープニングで登場するとは思わなかった。この時点で既にこの作品が前作を遥かに越える全編VFX盛りだくさんの作品であることが予見された。VFXの技術を魅せるという点に絞れば、前作どころか過去に公開されたありとあらゆる映画が束でかかってもこの映画には太刀打ちできないのではないか。それだけ今作のVFXには常軌を逸したものがある。

中盤の見せ場である、森の中でのロボットバトルとアメリカ艦隊の沈没シーンは過去のVFX作品と比較しても特に傑出している。森の中でオプティマス・プライムとディセプティコンが激しい戦闘を繰り広げるシーンは、「現実には存在しない巨大なものが森の中を激しく動き回る」という点で「ジュラシック・パーク」を彷彿とさせる。ディセプティコンの援軍の襲来による軍艦の沈没シーンはまさにマイケル・ベイ監督の出世作である「パール・ハーバー」を思い起こさせる。しかし、両シーンともに、ロボットというこの上なくチープなものを登場させておきながら、過去作品を遥かに越えるリアリティーと高揚感を生み出している。

終盤ではトレイラーにも出ている合体ロボット「デバステイター」と、ネタバレになるので自重するが、今作最大の敵との最終決戦が最大の見せ場だ。デバステイターは前作にも登場していたように思うが、今作はショベルカーなどさまざまな建設車両と複数合体して巨大トランスフォーマーに変形する。周囲を回りながら複数の乗り物が目まぐるしく合体していく様は圧巻だが、この興奮はもしかしたら「男の子」にしか分からないかもしれない。

VFXがとてつもなくスケールアップしたのに対して、ストーリーの中身のなさも前作から遥かにパワーアップ?している。前作で「キューブ」というエネルギー体をめぐりバトルが繰り広げられたかと思えば、近作も「エネルゴン」(そのまま!)と呼ばれるエネルギー体をめぐり今度は世界を股にかけた大乱闘が展開される。また、登場人物だけでなく、ロボットや犬までが前作以上のお下品なコメディーを繰り広げる。全体的に大味ではあるが、VFXエンターテイメントのフルコースを堪能できる史上最高レベルの大作であることは間違いない。

それにしても、3部作の2作目でここまでやってしまったら後はいったいどうするのだろう?マイケル・ベイはこのままの路線でパワーアップさせても面白くないというようなことを書いていたが、ではどのような路線で3作目を作るのだろうか。例えば舞台を地球ではなく、ロボットたちの惑星に移すという展開も考えられるだろうが、それだと何の新鮮味もないSF映画になりそうだ。トランスフォーマーの魅力は何といっても日常的な風景の中で、日常的な車がスタイリッシュに変形して大乱闘を繰り広げるという笑っちゃうような設定にあるのだから。

トランスフォーマー スペシャル・コレクターズ・エディション (2枚組) [Blu-ray]
シャイア・ラブーフ, ミーガン・フォックス, ジョシュ・デュアメル, レイチェル・テイラー, マイケル・ベイ
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posted by Tommy at 10:38| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

【最高!】映画:ザ・ローリング・ストーンズ『シャイン・ア・ライト』

ザ・ローリング・ストーンズ×マーティン・スコセッシ「シャイン・ア・ライト」O.S.T.
ザ・ローリング・ストーンズ
B0013BYBYQ


(著作権を考慮して画像はサントラCD)

私はこの映画を見る迄はっきりいってストーンズのファンでも何でもなかった。60過ぎのオッサン達がいまだにロックをやってて、それはそれでカッコいいのかもしれないが、むしろとっとと引退した方が全盛期がより伝説として輝きを増すだろうに、くらいに思っていた。

ところがこの映画を観た後はどうだろう。自分の認識の浅さを大いに反省すると共に、もうすっかりストーンズの虜になっていた。ストーンズの全盛期は60年代でも70年代でもない。常に今この瞬間が全盛期なのだ。

全精力と魂を込めてロックを楽しみ、そしてロックを表現する様は圧巻で、世界中のロックアーティストがまるでママゴトをしているかのように思えてしまう。若いアーティストが束でかかっても勝てるはずがない。次元が違う。ロックの神というか、ストーンズ自体がロックなのだと改めて実感させられる圧倒的なパフォーマンスだった。

この映画は紛れもないストーンズのライブ映画ではあるが、マーティン・スコセッシという説明不要のハリウッドの巨匠が監督しているということもあり、凡百のライブ映画とは一線を画す作品に仕上がっている。私のようなストーンズ素人や、ライブ好きでない人も楽しめる一級のエンタテイメント映画だ。

冒頭は、今回の映画撮影用のプレミアムライブの製作現場を映したドキュメンタリーから始まる。ミック・ジャガーとスコセッシの意見が対立したり、ミックがセットリストを開演直前までなかなか決めなかったりして、ハラハラさせられる展開。そして観客の興奮と待ち遠しさが絶頂に達した瞬間に、1曲目の「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」が始まる。もう映画館にいることを忘れて、飛び上がりたい気分だった。

本作の魅力は、ストーンズ自身の素晴らしさが最大の要素であることはもちろん、スコセッシがまとめ上げた絶妙なカメラワークにもある。ストーンズやゲストアーティストの動きや表情を克明に捉え、脳裏に刻み込まれるような印象的なシーンを次々とつないでいく。観終わった後はライブというよりもまるで1つの物語を読み終えた後のような満足感を味わうことができた。

この最上級のカメラワークは、この映画でしか味わえない独特の体験を生み出すことに成功している。この臨場感は、実際にライブ会場で直にアーティストを見る時の感覚とは質的に異なった、映画特有の感覚なのだ。よく大型会場のライブに行くと、遠くにいるアーティストを見つめる視線が単調になってきてしまい、気がつくと目まぐるしく移り変わる大型スクリーンの方を見てしまっているということがある。そう、ある条件では、生でアーティストを見るよりも、映像を通して見たほうが刺激が大きいという状況が存在するのだ。

本作のカメラワークの場合、単にドラマチックさや迫力を増しているだけでなく、一種独特の印象を観客に与えている。それは、ストーンズの「老い」も克明に捉えている所だ。ミックの顔のシワ、キースの骨ばった細い二の腕、曲と曲の間でふ〜っと一息ついているチャーリーなど、容赦なく映し出している。なのに、それなのに、展開されているパフォーマンスは若いアーティストが束でかかっても一生勝てないくらいにエネルギッシュなのだ。

そこで私は、何か異様なものを見ているような不思議な感覚に襲われ、そして次の瞬間には、それは常人を遥かに越えた何か崇高なものを目の当たりにしている時のような、心が震えるような感覚に変わったのだ。

とにかく、観れば必ず心が打ち砕かれる最高の作品。これで感動しないんだったら、あなたの心は死んでいるに違いない。
posted by Tommy at 13:22| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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